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新たな取り組みを始めるときは、失敗はしないか、みんなに笑われるのではないか、こんなことをしてなんの意味があるのか、大怪我をするのではないかなど様々な恐怖心が生じます。行動を拒むものは、他からではなく自らの心の中にあります。まずは自らの不安感を払拭することから始まります。また、定年退職後は周りに受け入れられやすいように自らの心を抑え同調するのが良いとの考えもあります。しかし現役時代は周りの多くの方々の支援を得られますが、今はなにをするにも全て一人でする必要があります。だからこそ、新たなチャレンジをしようとすれば現役の時代以上に自らを信じ行動するエネルギーが必要となります。チャレンジは大きな事とは限りません。些細なことでも良い。昨日出来なかったことが今日出来るようになった。そこに大きな喜びを感じます。

平成25年11月10日(日) 小笠原長史てんやわんや王国をお訪ねしました。てんやわんや王国とは宇和島市津島町にあるボランテイア団体です。今年で32年目を迎えました。小笠原さんは大統領の愛称でみなさんに親しまれております。てんやわんや王国の由来は町内中央を流れる岩松川沿いにある大畑旅館で作家獅子文六が津島町を題材にして小説「てんやわんや」を書きました。それを由来にしております。このボランテイア団体の大きな特徴はメンバーに市の管理職がいるということです。市の管理職の方がたもこの王国のなかでは一兵卒です。元校長先生、元郵便局長さんもいます。特に女性のメンバーの方々が元気溌剌行動力に優れております。四国遍路道の整備など様々な地域の活性化に取り組んでおられますが、なんといっても最高のイベントは冬に開催されるしらうお祭りです。岩松川の河原に2万人の人々が各地から集まります。しらうおはこの岩松川でとれます。祭りの日にはしらうおのおどり、すっぽん汁、酒まん、どぶろくなっそなどが格安で楽しめます。また日本一大きい樹根太鼓が打ち鳴らされ、餅まきで興奮は最高潮に達します。私も餅まきをさせて頂きました。そして大統領から名誉会員の称号をいただき今日までお付き合いをさせて頂いております。津島町に関してはいつも大統領に相談をさせて頂いておりました。そして私が松山観光港に勤務しているときイベントを持ちましたが樹根太鼓、牛鬼など多くの方々の参加を頂き、しらうおまつりを松山高浜に運んで頂きました。南予の方々の熱い心に胸が一杯になりました。また、津島町は小説大番の舞台でもあります。亡くなられた女優淡島千景さんも女王を務められておりました。大統領は自衛隊に勤められておりましたが現在は奥様、息子さんと3人で喫茶磯を営みそのマスターでもあります。ここはかつ丼、オムライス、カレーが評判です。私も久しぶりでかつ丼を頂きましたがとろけるようなやわらかさで美味しかった。今は息子さんが料理をしておりますが味は一層おいしくなった気がしました。ここで旧へんろ道復元整備事業実行委員会事務局長 大森寿人さんにお会いしました。大森さんは元京都市役所の職員さんですが愛南町に移住されへんろ道を世界遺産にすべく活動されているとのことでした。また、出会いがありました。行動すれば何かが生まれてきます。

しらうお祭り

岩松川が多くの人々で埋め尽くされます

(高浜自治会長さんと。日本一大きい樹根太鼓。白いジャンパーは名誉会員の証です。)

岩松川河川敷。ここが多くの人々であふれます。

大統領と大森さん

松山観光港にも遠路来て頂きました。南予の文化が初めて松山市高浜町にやってきました。

大畑旅館。獅子文六はここで小説てんやわんやを書きました

かつ丼。その他オムライス、カレーライスがおすすめです

大統領は32年前に組織を立ち上げました。ボランテイアという言葉がまだなじみが薄い時代です。様々な困難を経験しておりますからチャレンジを続ける方々には本当にやさしいです。

大師松   新田恵子作

大師松は大畑旅館の前にあります。岩松川のシンボルです。この水墨画はしらうお祭りのポスターにも使われました。新田さんはこの水墨画の作風を学ぶため遠く200キロ離れた新居浜市まで商工会の会長であったご主人に車に乗せて頂き毎週通われました。この地域には伊達藩の影響か新田さんのように文化に造詣が深い素晴らしい女性が沢山おられます。

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